庄内川下流部のビューポイント? (21):石黒・田中

50 模型飛行機場

 

 ここ長須賀町子新田東側庄内川提川表(流作)一帯は、約50年前の町村合併時に富田町が中川区に合併した機会に河川敷内の耕作を一斉に止めて庄内川に返上、洪水時の遊水地化された所でそれ以前は沢山の小作人が入って畑作をしていた。

 

 気前よく離農してくれた理由に高度成長期で勤め人になりたい気持ちともっと大きなわけは、戦後の食料難時代に、作れば売れるヤミ市でさつまいもはじめ麦・豆などでしこたま儲けた親父の代からの息子たちが、財産合けでお金に余裕があり、無線エンジン付き大型模型機を購入、滑走路には朝鮮芝生を張ったり、標識灯なども本物そっくりのを設置してアクロバット飛行を楽しむグループが居たし、一方ではこの広大な広場を利用、小型の専用バイクを購入してコースや障害物の設置を自分らで行い小々のケガは届出しないで楽しんでいた。

 彼らももう老人で今は誰もいなくなり少年野球グランドが出来た。 

 

51 横井大橋周辺

 

 ここの辺りでは一番新しい橋と記憶してる。

 行政が配慮したのか、旧富田町中心部の戸田の春田地区と中村区の一寸栄えていた岩塚を結び、黄金からの幹線バイパスとしたようだ。

 

 ここは私の河川活動の定位置拠点であり、水質はじめ風や生物の分布調査などに25年以上関わってきた所で、左岸橋詰めには横井山緑地公園があり、樹木主体の造園造りで核を成しているが、戦前の修身教科書にとり上げられた佐藤精一少年の人命救助物語りの大きな石碑が建っている(名古屋市の生物一斉調査で毎回テーマを変えての調査地になっている(15年近い))。

 

 この地を横井山と呼んでいるのは、東濃方面から運ばれる砂がこの辺りに堆積し、これを冬場の伊吹き颪(オロシ)が吹き上げて長い年月をかけ小高い山を作った。

 

 頂上には精一少年を弔うお寺さんのお堂があるが、車で通ると樹木におおわれていて見逃してしまう。